我々の太陽系は、いつ、どこで、どのようにして、誕生したのでしょうか。現存する始源惑星物質(小惑星起源隕石、彗星起源惑星間塵、探査機リターンサンプル)に残された物質情報に基づき、多角度からの実験的手法で分析実験および再現実験を行い、太陽系の起源と初期進化過程の謎の解明を目指すことが、私たち初期太陽系進化学研究分野(中村智樹研究室)の目的です。
太陽系は約45.7億年前に誕生し、それから数千万年の間に、宇宙の塵が集まって小さな天体ができ、それらが衝突合体を繰り返して原始惑星が形成され、さらに現在の惑星に進化したと考えられています。このようなダイナミックな太陽系の初期進化過程は、太陽系誕生時にできた小さな天体にしか記録が残っていません。小惑星や彗星といった太陽系小天体は、その太陽系誕生の謎を秘めた天体です。
特に、太陽系小天体の中でも、現在の小惑星帯の中心以遠に存在する水(氷)を含む微小天体の形成進化に、興味を持っています。これらの天体は原始太陽系星雲に最も普遍的に存在し、現在の木星型惑星の原材料になった天体です。現在では、小惑星帯の中心から外側のC,P,D型小惑星や海王星以遠のカイパーベルト天体(短周期彗星)として、一部の微小天体が太陽系内に残っています。
私たちの研究室では、これら太陽系小天体の物質を、小惑星起源隕石、彗星起源惑星間塵、探査機リターンサンプル(スターダストやはやぶさ探査機回収試料)として手に入れ、物質科学的研究(鉱物学的、同位体宇宙化学的、希ガス組成など)を行っています。これらの結果をもとに、今から46億年前の原始太陽系星雲内で、どのような微粒子がどのようなプロセスで太陽系初の天体である微小天体を形成し、その微小天体内部でどのような物質進化が起こって原始惑星、さらには現在の惑星に進化したかを明らかにしようとしています。
この数年で、太陽系の科学は大きな転換点を迎えました。今までは天体望遠鏡で観測するしかなかった天体の物質を、今後は探査機により地球に持ち帰ることができます。私たちや次世代の科学者がその物質を研究し、より精密な惑星形成のシナリオが明らかにされていくと考えています。
【図1】太陽系形成の標準モデル。約46億年前の太陽系形成期、惑星になり損ねた小惑星やカイパーベルト天体(短周期彗星)といった太陽系小天体に、太陽系の起源と初期進化過程の記録が残されています。
【写真】小惑星探査機はやぶさが持ち帰ったサンプルが入った容器を開封している様子(画像中央で作業をしているのが、中村智樹教授)。現在精力的に行っている、はやぶさ回収サンプルの小惑星物質研究も、大きな意味では、水を含む微小天体の起源と進化を知るための研究の一環です。
太陽系が誕生した46億年前、宇宙のガスと塵からなる原始太陽系星雲(図1)の内部で、惑星の材料になる固体粒子がどのようにどの段階で生まれたか明らかにする。星雲内部に広範囲に存在していたと考えられる、直径1mm〜1cm程度のコンドリュールやCAI(カルシウム・アルミニウム包有物)といった固体粒子は1000℃を超える高温過程で形成され、既存のコンドライト隕石やスターダスト探査機が回収した彗星の塵(図2)から見つかっている。これらの分析から、微小天体形成以前の星雲内部における物質進化の解明を目指す。
【図2】(上)スターダスト探査機が回収した短周期彗星ビルド2の塵。塵の大きさは、約30μm。(下)スターダスト探査機とビルド2彗星。スターダスト探査機は、2004年1月に彗星に近づき塵を回収、2006年1月に地球に帰還。太陽系創世記の塵が、太陽近傍で1500℃以上に加熱され、太陽系外縁部まで移動した。我々の研究により、原始太陽系星雲は静的でなく、ダイナミックな大規模物質移動が起こっていたことが示唆された。
原始太陽系星雲内部で形成された微小天体の形成進化の歴史を、現存する始原隕石、惑星間塵、小惑星探査機はやぶさが回収したイトカワ試料(図3)の物質科学的特性(岩石鉱物、元素組成、同位体組成)に基づき解明する。特に星雲外側に分布していた水を含む微小天体に着目する。理由は、それらの天体(現在のC,D型小惑星や彗星)は生命の起源物質(水、有機物)を多く含み、鉱物-水-有機物の初期反応(水質変成など)を記録しているからである。また、望遠鏡で測定した小惑星の反射スペクトルと、実験室の装置で測定した小惑星由来の始原隕石の反射スペクトルを対応させることで、小惑星の物質構成や進化のプロセスを明解にする。
【図3】(上)小惑星探査機はやぶさが回収した小惑星イトカワの表層物質。表層物質の大きさは、100μm。(下)探査機はやぶさと小惑星イトカワ。探査機はやぶさは、2005年11月に小惑星に着陸しサンプルを採取。2010年6月に地球に帰還。太陽系創世記の塵が、大きな変化なく保存されていた。鉱物学的、同位体的証拠より、小惑星イトカワは、現在よりも10倍以上大きな天体の一部であったことが我々の研究で判明した。
原始太陽系星雲内に存在していた塵(宇宙ダスト)の生成過程を、再現実験で明らかにする。これまで塵の特徴を予測するために使用されていたバルクサイズの物理定数では、融点が半分まで低くなるようなナノサイズの塵の特徴を正確に予測できず、ナノサイズの物理定数が必須である。そこで我々は、実験室で塵の生成を再現し、その時の温度とガス濃度を非接触でその場計測した。その結果、物理定数の決定に成功し、予想以上に大きな過冷却環境下で塵が生成されることが明らかになってきた。また、赤外スペクトルもその場で測定でき、天体でつくられる塵と直接比較することができる。さらに、生成粒子の電子顕微鏡観察や熱や水による変成実験なども行い、星周や原始太陽系星雲内で形成、変成する塵に多角的に迫る。
【図4】左から順に、一から設計して作り上げた宇宙塵創成装置、再現合成の様子、再現したナノメートルサイズの塵の電子顕微鏡像。中心で明るく輝く箇所が蒸発源で、加熱蒸発した蒸気が冷えて固体になると煙として目に見える。干渉計で観察すると、温度や濃度の情報を得ることができる。
始原的な小惑星や彗星へのサンプルリターンミッションは、太陽系の有機物の起源や進化、さらには地球の生命の起源に関して、私たちの理解を深めてくれるでしょう。
得られたサンプルは、化学的、鉱物学の観点から、小惑星の表面スペクトルの測定結果や隕石の分析と直接比較できるため、我々の太陽系の起源や進化がより明らかになりつつあります。
JAXAの探査機はやぶさによって持ち帰られた小惑星イトカワの表面のサンプルは分析により、構成鉱物、熱履歴、宇宙風化作用が明らかになりました。中村智樹先生率いる初期分析チームの分析結果から、地球に多く飛来する普通コンドライトに分類される隕石がS型小惑星起源であること、より大きな母天体の一部であり、800°C近い加熱を受けていること、表面物質を失い続けていることが分かりました。2010年に世界初の小惑星のサンプルリターンミッションと認められました。
はやぶさ初号機と比べて、はやぶさ2は科学的により重要な側面を持ったサンプルリターンミッションです。はやぶさ2はC型小惑星に分類される小惑星リュウグウをターゲットにしており、このC型小惑星は含水鉱物や有機物を今でも保っていると考えられています。すなわち、はやぶさ2によって回収される試料は太陽系誕生や生命起源の謎を解き明かす鍵となると考えられます。はやぶさ2は2020年末に地球に帰還予定のため、それに向けた初期分析準備が当研究室、中村智樹先生主導で行われています。
【図5】探査機はやぶさ2が小惑星リュウグウの試料を回収する様子を描いたイラスト。はやぶさ2は2019年2月に1回目のタッチダウンを、7月に2回目のタッチダウンを行いました。